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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2334号 判決

控訴人

株式会社白鳳ビルディング

右代表者

宮坂五一郎

右訴訟代理人

木村暁

被控訴人

平本知夫

右訴訟代理人

宮本亨

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

控訴人訴訟代理人は、「原判決のうち被控訴人に対する部分を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金二九二万〇三五五円及びこれに対する昭和四九年一〇月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。この判決は仮に執行することができる。」との判決を求めた。

被控訴人訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  当事者の主張

一  控訴人主張の請求の原因

1  控訴人は、昭和四四年五月一日訴外林正一に対し、控訴人所有の白鳳ビルディング(東京都新宿区新宿五丁目五四番地所在)の地下二階及び三階延面積221.48八平方メートル(以下「本件建物」という。)を、左記条件で賃貸した。右林正一は、間もなく本件建物に対する賃借人の地位を同人が経営する訴外東京振興有限会社(以下「東京振興」という。)に譲渡し、控訴人は同年六月頃、右譲渡を承諾した。

(一) 期間 昭和四四年五月一日から昭和四七年五月一日まで

(二) 賃料 一か月金四五万円

(三) 昇降機運転等の定額管理料(動力料、ゴミ処理料) 各階ごと契約坪数による按分負担

(四) 電気、ガス及び水道の料金 右同

2  東京振興は、本件建物内で経営していた「お化け喫茶ドラキュラ」の経営が不振であつたことなどから、昭和四七年三月頃、本件建物の賃借権を含むその営業権を、被控訴人に対し代金二八〇〇万円で譲渡し、引渡した。控訴人は、この譲渡を知らないでいたところ、同年六月か七月頃、被控訴人から被控訴人が一切負担するから本件建物の賃借権譲受けについて承認して欲しい旨申出を受けたので、これを承諾した。その後、控訴人と被控訴人間で賃貸借契約書を作成して、本件建物に対する賃貸借契約の内容を定めたが、その内容は、契約期間を昭和四七年五月二日から昭和五〇年五月一日までの三年間としたほかは、右1に掲記の当初の賃貸時のそれと同じである。

3  (予備的主張)仮に右2の主張が認められないとしても、別紙(一)記載のような理由で、被控訴人が本件建物の賃借人になつたものである。

4  ところが、賃借人である被控訴人は、賃貸人である控訴人に支払うべき水道料は昭和四九年三月分から、同じく賃料等は同年四月分から、それぞれ支払を怠り、その額は、別紙(二)記載のとおり、計金二九二万〇三五五円に達した。

よつて、控訴人は、被控訴人に対し、右支払の遅滞している賃料等の計金二九二万〇三五五円及びこれに対する最終弁済期の翌日である昭和四九年一〇月一日から完済まで民法所定の法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被控訴人の答弁

1  請求の原因1の事実は不知。

2  同2の事実は否認する。本件建物の賃借人は東京振興であり、被控訴人ではない。

3  同3の事実はすべて否認する。

東京振興が控訴人から本件建物を賃借したのは昭和四三年五月からであり、昭和四七年五月役員交替後も右賃貸借を更新し、継続していて、たまたま東京振興が倒産し賃料の支払ができなくなるや、それまでの間東京振興から多額な賃料を取得してきた実績を無視し、東京振興が本件建物で経営していた店舗の閉鎖後新たな賃借人が決まるまでの間の賃料について、たまたま訴外オイル興産株式会社の投下した資金の回収のため関与した被控訴人に対して個人責任として追求するものであつて許さるべきでなく、控訴人こそ法人格否認の法理を濫用して、主張している。

4  同4の主張は争う。被控訴人は本件建物の賃借人ではないので、賃料支払義務は生じない。

第三  証拠〈略〉

理由

一〈証拠〉によれば、請求の原因1の事実が認められる。

二請求の原因2及び3の主張事実(被控訴人が本件建物の賃借人となつたこと)について

1  先ず請求の原因2の点について検討するに、当審における控訴人代表者の尋問の結果中には、右主張事実(東京振興が被控訴人に対し本件建物に対する賃借権を含め、その営業を譲渡した)に沿うような部分があるが、前記1に掲げた証拠のほか、〈証拠〉を総合すると、昭和四七年五月頃訴外オイル興産株式会社は東京振興ないし当時その代表取締役であつた訴外林正一に対して金二八〇〇万円を支払い(一部は約束手形による。)、同人が有していた東京振興の持分権を譲り受けるとともに、右林はその取締役を退任し、かわつて訴外神部節郎が東京振興の代表取締役に就任したこと、神部は昭和四七年五月二日付で東京振興の代表取締役として控訴人会社との間で本件建物を目的とする賃貸借契約を締結し、当該契約書に署名押印し、かつ連帯保証人として同人個人の名において署名押印したこと、その後東京振興は昭和四九年に至つて前記「ドラキュラ」の営業が行き詰り、同年三月本件賃貸借の解約を控訴人会社に申出たが、それまでの間は東京振興の名において賃料の支払をしていたことが、それぞれ経過事実として認め得られ、他方、前示尋問結果のほかには、被控訴人個人がその名において東京振興から賃借権や営業の譲渡を受けたり、その名において控訴人会社と賃貸借契約を締結したりした事跡を認めるに足る証拠はない。

もつとも、前掲各証拠によれば、前記林から東京振興の持分権を取得した前記オイル興産株式会社は被控訴人の関係会社であつて、被控訴人はその役員に就任していなかつたものの運営につき実権を有していたこと、前記神部節郎は被控訴人が代表取締役をしていた訴外株式会社日宝商会において被控訴人の輩下の立場にあつた者であり、前記東京振興の代表取締役への就任も被控訴人の意向に基くものであつたこと、さらに被控訴人は自己の従兄弟である訴外山本啓郎を当時東京振興の唯一の営業である本件建物内の「お化け喫茶ドラキュラ」に派遣し、以後同人をして支配人名下に会計その他の日常の業務管理を行わせていたことが認め得られ、これらの事実からすると、被控訴人は東京振興の運営全般に関していわば実権を有することになつたものというべく、また、前記神部節郎による賃貸借契約に先立ち控訴人会社の役員らとの間でなされた事前折衝では、前記林正一や被控訴人らから、東京振興から被控訴人ないしは被控訴人の経営する関係会社に対して「営業の全部を譲渡する」との言葉で口頭の事情説明がなされたことが窺われるが、右「営業譲渡」の意味するところは、前認定の経過事実と対比すると、結局、法人たる東京振興が右営業の主体の地位から離脱することをいうのではなく、ただ東京振興における従前の代表者が有していた持分権の移転やそれに伴うその代表者及び業務担当者の交替をいう域を出ないものと認められるので、控訴人主張事実の証左とすることはできない。原審証人宮坂克の証言及び当審における控訴人代表者の尋問の結果中この認定に反する部分は、措信することができず、他にこの認定、判断を動かして控訴人の右主張を認めるに足る証拠はない。

2  次に、控訴人の予備的主張(別紙(一)の点)について検討するに、その主張は、要するに、「実質的にみて、前記お化け喫茶ドラキュラの経営権を被控訴人が買収したものと解すべきである」としつつ、「法人形態をとつた企業でも、小規模企業で所有者即経営者とみられるものにあつては、営業主宰者の地位を対価を払つて譲渡した場合は単に経営者の交替とみることは妥当ではなく、ことに、その企業が不動産を賃借している場合には、その賃借人の地位がその企業の実質的な経営者個人に移転するものである」との法的判断を基礎にしている。

しかし、いわゆる個人企業である法人が不動産の賃借人である場合において、その法人の代表者や実質上の支配者の交替は、賃貸借における個人的信頼関係を重視する見地から、一定の事情の下で、当該交替後の法人との間の賃貸借を終了させる契機として、これを賃借権の無断譲渡に準じて評価することがあるとしても、右は当該代表者等の交替前の法人と交替後の法人とを信頼関係において人格を異にするものと同様に考察しようとするにすぎず、控訴人所論のように当該交替後の代表者ないし実質上の支配者が、その個人の立場において従前の賃借人たる法人から賃借権の譲渡を受け賃貸人との間で賃貸借関係を生ずることになると解することはできない(控訴人引用の裁判例は、いずれも本件に適切ではない。)。本件についてこれをみるに、前記訴外林正一が東京振興の主宰者としての代表取締役から退任し、被控訴人が東京振興の運営を実質的に支配し、収益するようになつたとしても、被控訴人個人がその名において東京振興からその営業の包括譲渡(本件建物の賃借権譲渡をも含む。)を受け、又はその名において控訴人会社との間で賃貸借契約を締結したことになるものではないこと、前説示のとおりであるから、控訴人の所論は採用することができない。

3  以上1及び2で検討したとおり、被控訴人が本件建物の賃借人になつたとの控訴人の主張事実は認められない。

三そうすると、控訴人の本訴賃料等請求は、その余の点を検討するまでもなく、すべて失当であり、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小河八十次 内田恒久 野田宏)

別紙(一)、(二)〈省略〉

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